変わらぬ美味しさを守り続ける、阿佐ヶ谷の老舗和菓子店「うさぎや」

P1000792
Pocket

「お待たせしてすみません。いらっしゃいませ」

阿佐ヶ谷駅北口から徒歩3分の「うさぎや」。目印ともいえる行列に並び、待つことしばし。店内に入るといつもと変わらぬ穏やかな雰囲気と、店員さんたちの丁寧な接客が出迎えてくれます。

阿佐ヶ谷の「うさぎや」のどら焼きは、おやつや手土産として人気のある逸品。今回は、2代目、3代目店主として、のれんを守る瀬山妙子さん、瀬山信行さんから、貴重なお話をうかがうことができました。“変わらない良さ”を守る「うさぎや」の歴史やこだわりを、細部まで紐解いていきます。

西荻窪で創業し、阿佐ヶ谷へ移転。杉並に根を下ろして66年。

CIMG0736

―うさぎやは、古くから阿佐ヶ谷にお店を構えている印象です。まずは、お店の歴史を教えていただけますか。

瀬山 「うさぎや」は、ここ阿佐ヶ谷店の他、上野・日本橋に店舗があります。実は、元々は和菓子屋ではなく、1913年(大正2年)に創業した上野黒門町のロウソク屋でしたが、電気の普及を機に、「食べてなくなるものであれば、つぶれないだろう」と和菓子屋を開業しました。創業者である初代の谷口喜作氏が卯年生まれだったことから、屋号を「うさぎや」にしたと聞きます。

阿佐ヶ谷店の創業者となった、喜作氏の娘であり、私の母の龍も、元々は黒門町のお店を手伝っていました。黒門町のお店は一家総出で支えていたわけです。龍はその後、蔵前の材木屋に嫁ぎましたが、東京大空襲で焼け出され、全てを失いました。

しかし戦後、和菓子店で培った経験を活かし、復員してきた黒門町の職人さんに声をかけて、1950年(昭和25年)に西荻の北口に一間間口の和菓子店を開きました。私が中学生の時です。7年後の1957年(昭和32年)、現在の阿佐ヶ谷に移転し、「うさぎや」阿佐ヶ谷店が誕生しました。

現在では私が2代目として、また甥である瀬山信行が3代目としてお店を支えています。

CIMG0730
▲西荻窪から阿佐ヶ谷に移転する際にこだわったのは2点。「冷蔵庫のない時代ですから、日差しのためにお菓子が乾いたり品質が落ちたりしないように」と、北向きで日の当たらない場所であること。店舗と作業場が近いこと。現在の店舗は、売り場の裏側が工房になっている

人気の理由と、陰で重ねられている努力

P1000794

―お店の代名詞ともいえるどらやきですが、1日に何個位作られるのでしょう。また、1つ1つの包装紙に描かれている可愛らしいうさぎの絵は、どなたがデザインされたのですか?

瀬山 どらやきの数は季節によって大きく変動します。最も多いのは年末年始で、今の時期は1年で一番少なく、1日1000~1500個位です。ちなみに、個包装紙のうさぎの絵を描いたのは、私(妙子)です。

―お店の入口に産地を明示するなど、情報の開示にも積極的ですね。

瀬山 最近は、原材料や産地にこだわるお客様が増えていますからね。アレルギーを持つお子さんへの対応という意味もあります。

―お客さんにとっては、嬉しい配慮ですね。どらやきは賞味期限2日となっていますが、2日目でも美味しくいただくコツはありますか?

瀬山 時間が経つと、餡の水分が皮に浸みだし、風味が変わってきてしまいます。冷凍して自然解凍すると、比較的自然な味わいで召し上がっていただけますよ。もちろん、一番美味しいのは作りたてですが……。蒸気がこもらないよう、袋詰めの前に少し風をあてますが、製品にちょっと温もりが残ることがあり、それを喜ばれる方もいます。

CIMG0729
▲最近は、地元だけではなく、地方から来る人も増えたそう。中には海外のお客さんもいるとか。「でもね、日本語が通じないということはあまりありません。日本に興味があり、和菓子に関心があるという方が多く、皆さん事前に何かしら情報を得てくるようです」

―先程、品切れ中の最中を求めたところ、15分位待てば対応可能とのことでした。販売中の時間帯もひっきりなしに製造されているのですか?

瀬山 品物によります。どら焼きなどは夕方までに売り切れになることもありますが、売り場と仕事場がつながっているので、オーダーを受けてすぐにお作りすることもあります。

―どらやき、最中、うさぎ饅頭については、いずれもうさぎやさんが先駆的存在ですね。それぞれの由来をお聞かせください。

瀬山 最中自体は昔からあったお菓子ですが、黒門町で、ひいおじいさんである初代・谷口喜作氏が蜜漬けの大納言という最中専門の餡を生み出し、売り始めたことから有名になったといわれます。

どらやきも昔からのお菓子です。黒門町の二代目が、十勝あずきを用いて、餡の塩梅や挟み方を改良したことで、名を馳せました。このことから「初代が最中、二代目がどらやきを(生み出した)」と伝わっています。

うさぎ饅頭については、ここ阿佐ヶ谷店で販売するようになったのはかなり後だと思います。干支の卯年のお正月用に作ったところ、姿の可愛らしさから売れゆきがよかったため、通年売るようになりました。うさぎの目や耳を形づくるのには焼きごてを使うお店も多いのですが、うちでは羊羹を用い1個1個、手で描いています。時間のかかる作業です。

―手間がかかっているのですね。とっても可愛くて私も大好きです。これから訪れる秋のオススメを教えて頂けますか?

瀬山 お月見団子、おはぎが特に人気ですが、こちらは期間限定ですね。お月見団子をお売りするのは中秋の名月(9月15日)のみ。おはぎもお彼岸の時期だけです。それが終わると、草団子や栗蒸し羊羹が始まります。

―季節に沿った生菓子も、大切にされているのですね。

今後も「阿佐ヶ谷のうさぎや」の伝統を、変わらぬ姿勢で

CIMG0732

―例えばどらやき1つにしても、阿佐ヶ谷・上野・日本橋店それぞれの重量、見た目、味わいなど、細かく違いを分析する程熱心なファンもいる「うさぎや」さん。比較されることも多いと思いますが、他の2店舗については気にかけておられますか?

瀬山 他のお店の味と比べることはなく、うちはうちのやり方を踏襲してやっています。3軒は親戚同士ですが、のれん分けではなくそれぞれが独立した経営です。

もちろん、各店舗で個性はあると思います。例えばうちはお団子やお赤飯も作っていますが、他の2軒ではこれらは扱っていないはずです。また上野店や日本橋店はビジネス客が手土産にするケースが大半のようですが、うちは地元のお客様が多く、お団子1本でも喜んでお売りするといった違いなどはあります。

―そもそもなぜこの杉並の地にお店を構えたのでしょう。

瀬山 もともと龍夫婦が西荻窪に住んでいたためです。北口の関根橋の2つ位手前、横丁の高台に住まいがあり、工場は、その裏庭に小屋掛けしたものでした。一方、店舗はちょっと離れた女子大通り沿いにお借りしました。戦後の食料統制で、砂糖、小豆、米など材料の確保が難しい時代でしたが「本物の材料」しか使わないことをモットーにしたそうです。

―当時の西荻窪というと、南口のこけし屋さんといい、いわゆる文化人が集う一帯でしたね。

瀬山 店内には小さなテーブルも置き、お茶やお菓子をお出ししました。そのため、学者や作家など文化人の方々が、よく店内でお話しされていましたよ。大学教授の他、戦後のレッド・パージで職を追放された、元役職付きの方々もお見えになりましたね。「人と人とのつながり」を大切にする習慣は、当時も今も変わりません。

―うさぎやの穏やかでやさしい雰囲気は、杉並の地に昔から根づく文化でもあるんですね。

瀬山 お菓子に、変わり種や意外性を求めたり装飾を施したりする時代になっていますが、私は「毎日食べたくなるような」お菓子作りをこころがけていきたいと思っています。支店や通信販売も考えていませんし、「変わらない良さ」を大切にしていきたいですね。

うさぎや

住所:東京都杉並区阿佐谷北1-3-7
営業時間:9:00~19:00
定休日:土曜 第三金曜
アクセス:JR中央・総武線「阿佐ヶ谷駅」北口から徒歩3分
電話番号:03-3338-9330
公式HP:なし

Pocket

Related post

  1. DSC_0059 auのCMにも出てる!?地域を代表する子どもたちの活動の場、杉並…
  2. beer0 町のパン屋さんのようなビール屋さんに。荻窪・麦酒工房は杉並への愛…
  3. のまど こだわらない、にこだわる旅の情報発信地「旅の本屋のまど」【秘蔵の…
  4. imgp0043 【あと4日!】これさえ聞いておけば楽しめる!実行委員会に聞く、阿…
  5. OLYMPUS DIGITAL CAMERA 雨の日の髪もまとめてくれる!ショートが得意な美容室「~ing(カ…
  6. IMG_5190-2 もしも、ことりっぷ【杉並版】を作るとしたら…WEB版のプロデュー…
  7. namisuke1 杉並区からのオーダーは「架空の生き物を描いてください」だった?!…
  8. cimg0705 日本映画黄金期の作品を満喫できる、風情豊かな映画館「ラピュタ阿佐…
PAGE TOP