コンセプトも新たに、古本酒場から転じた「コクテイル書房」の魅力【秘蔵の1冊、見せてください!第4回】

コクテイル
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高円寺駅北口を出て、北中通り商店街を進むこと約5分。大正期の古民家にリノベーションを施した「コクテイル書房」が姿を現します。

店内を見渡すと、奥にはカウンター席、入り口横には板の間のようなスペース。本棚つき立ち飲みテーブルなども設け、全部で席数は10席ほど。ミシミシと鳴る急な木の階段、2階まで吹き抜けで通じる大きな本棚は圧巻。

本は席を取り囲むかのように陳列され、カウンター席でも手が伸ばせるよう目の前に文庫本が整然と並びます。ジャンルは特に問わず、古い作品から最近のベストセラーまで約5,000冊の品揃えで、名物料理と共に客を迎えます。

今年4月、これまで長く続いた「古本酒場 コクテイル」の看板を下ろし、「閉店」を宣言した上で、新たなコンセプトの下に船出した「コクテイル書房」。その経緯や思い、今後の抱負をうかがいたくて、店主の狩野俊さんを訪問しました。

秘蔵の1冊は、戦中派として日米文化交流を生きた男の自伝

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―どの本も宝物だと思いますが、特に「秘蔵の一冊」を挙げていただけませんか?

狩野 朝日新聞出版 川村清著「戦中・戦後九十年 電通・博報堂・ニューヨーク」でしょうか。

―久我山にお住まいの著者。内容的にはどういったものでしょう。

狩野 民放ラジオ、テレビの黎明期にコマーシャルの礎を築き、その後渡米、戦中派としての誇りを持って日米文化交流に貢献した男性の自伝です。

―コピーライターの草分けといえる方ですね。カウンター席でページを開けさせてください。「世界には沢山の異なった常識や世界観がある」という言葉に、時代の先頭を疾走し続けてきた著者ならではの重みが感じられます。

狩野 ラジオ、テレビのコマーシャルコピーを書きながら後進を指導、その後日本を離れた経緯や、ニューヨークでロックフェラー家らと育んだ友情、川村文化財団のエピソードなどが描かれています。戦後70年、日本人が置き去りにしてきた精神の豊かさについて考えさせられます。

―カウンターでは、食事をしながらの読書も、その上で気に入った本を購入することもできるのですね。「読むだけで購入できない」カフェやバーも多い中、続きを読みたくて手放しづらくなった1冊をそのまま携え家路につけるのは何よりです。

こだわりの文士料理は健在。4月のリニューアルと高円寺に寄せる思い

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―文学作品からヒントを得て、独自のアレンジを加えた「文士料理」が魅力的。メニューは日替わり、原稿用紙に手書きで記されています。
取材時のお通しは、手作りの卯の花と赤カブの甘酢漬け。郷愁を感じる味わいです。
そもそも文士料理を出すようになった理由は何だったのでしょう。

狩野 自分が家でつまみを作るとき、本に出て来る料理を参考にしたのがはじまりでした。もともと本だけでなく、色々なものが混じり合ったカクテル(コクテイル)のような場所を作りたいと考えていたので、趣味で作った料理を店でも出してみたのがきっかけです。

―代表メニューでもある「大正コロッケ」、素朴で穏やかな味わいですね。

狩野 檀流クッキングが刊行された当時(1975年)から50年ほど前、手押しの屋台車で売り歩かれていた食べ物です。おからに、魚のすり身などを混ぜ合わせて作ります。

―ご夫妻で「文士料理入門」という本も出版されるほど、料理にも定評があります。

狩野 「お客さんにも作品に登場する料理を作ってみてほしい」という思いがあります。本はただ読むだけではもったいない。何か行動するためのきっかけとして活用したり、作者の行っていることを自分に置き換えて考えてみたりすることが大切だと思います。

―4月10日から昼間の営業も始められましたね。

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狩野 月火を除き、昼間は「茶房」として日替わりのカレーとコーヒーを提供しています。クラシックギターを用いた独学での作曲活動を行う音楽家、斉藤友秋さんが担当です。

―4月といえば、昼間営業開始の一方で、これまでのお店については「閉店」という告知をされましたね。

狩野 これまでの「古本酒場」には幕を下ろし、「明治維新を経ずにこの国が近代化したらどうなっていたか」という新たなコンセプトでスタートしました。

―ブログで、「明治維新の一つの側面であった暴力や敵を作らず近代化を遂げていれば、この国はもっと緩やかに、そして独特の、西洋と東洋の融合をしていた筈。それを形にしてみたい。」と記されています。目に見える形では、どのように変えられましたか?

狩野 2階は、今まで開かずの間にしていましたが、急ピッチで改装を進め、吹き抜け小部屋と、6畳の部屋をしつらえました。幅6メートル、7段の書棚におよそ1000冊の本を収納、一方で、グループや小さいお子さん連れのお客さんも受け入れ可能となりました。

―店先では、お子さんたちが網でお餅を焼いていたり、板の間ではグループでの会話に花が咲いていたりと、誰もが自分の家のようにくつろいでいる印象を受けます。

狩野 改装後のこの店では、年代、世代問わず誰でも気軽に来店し交流できる空間をめざしています。「空気の通りがよくなった」という声が聞かれます。

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―「(古)本屋+飲食店」という形式の店舗が人気を博する前から、「古本酒場」として独自のスタイルを確立。国立から高円寺へ移り、高円寺でも移転や改装を重ねてこられました。高円寺に移られた理由は何だったのでしょう。

狩野 もともと東高円寺に住まいがありました。最初の高円寺の店舗は、古びて茶室のような趣があり、和の雰囲気を持つ店にしたいというイメージに合いました。また高円寺には都内4箇所ある古書会館の1つ「西部古書会館」があり、即売会への出店の関係で好都合という事情もありました。

―高円寺の街の魅力は何でしょうか。

狩野 現在の店がある商店街には、昔ながらの食堂、蕎麦屋、洋品店などが立ち並んでいます。最近では、それに混じってセレクトショップやギャラリー、カフェなども増えつつあります。若者が新しく作る店を面白がろう、という気概が感じられる一帯。今の高円寺の文化の源流には、そんな地元の人たちの懐の深さがあるように思います。

―北中通り商栄会の副会長を務めるかたわら、その高円寺で、「本が育てる街 高円寺(本街)」プロジェクトを企画。発起人になっておられます。

狩野 本を通した、新しいまちづくりやコミュニティーづくりを目的に活動しています。本を媒介にして温かな関係を創り上げ、「図書館のような街」をめざしたいと思っています。

―一環として「まちのほんだな」も4月からスタートしましたね。

狩野 利用者は、自分が持ち寄った本に、スリップを模したメッセージカードを挟みこんで「本棚」に収め、そこから興味のある本を持ち帰る仕組みです。本の交換を通じて地域住民の交流を図っていくことがねらいです。本棚を設置しているのは、コクテイルの他、tokyobike shop高円寺店、GALLERY工+with、稲生座。今後、高円寺の飲食店、不動産店などにも広げていく予定です。

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―GALLERY工+withさんには先程寄ってきました。児童文学、文芸作品・・と多彩な44~45冊がきれいに並べられていました。メッセージカードを添付し、自分の思いを伝えられるのがユニークですね。

高円寺に移転して16年。「秘密基地」から多様に展開していく活動

―今後の展開をお聞かせいただけますか。

狩野 近いところでは、6月26日、高円寺庚申通り商店街での「子どものフリーマーケット」で、「本の交換市」を実施します。秋には高円寺フェスにも参加します。
店としては2階を使って、文章講座や絵本の読み聞かせなど、イベントも定期的に開催する予定です。また先月から、書家の西川梨世先生が開いておられる楽書書道教室 “萌芽会”に、毎週水曜日、場所を提供するようになりました。

狩野さんの活躍の域は、商店街の振興や本を通したまちづくりへ、広がりと深みを増しています。その多彩な活動の原点にあるのが「コクテイル書房」。「秘密基地」と称されることの多い同店ですが、実際に訪れてみると、子どもから大人まで誰でも、気軽に足を踏み入れ親交を深められる空間です。

古書店らしからぬ「風通しの良さ」と相まって、これからも新たなファンを惹きつけてやまないことでしょう。

コクテイル書房

所在地:東京都杉並区高円寺北3-8-13
TEL:03-3310-8130
営業時間:昼|11:30~15:00|月火 休
       夜|17:00~23:00|無休
ホームページ:http://koenji-cocktail.com/

(取材・執筆/山中悠)

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